森のパン焼き小屋「踊る穴熊亭」のお話 ある森のずっと奥にある、小さな家に穴熊の夫婦が住んでいました。 やせてのっぽの亭主穴熊とちょっぴりふとっちょの奥さん穴熊です。 二人は森を流れる小さな川のそばで、のんびりと暮らしていました。 ある朝、二人はいつもよりずいぶん早起きをして、散歩に出ました。 「今朝は時間があるから、この森のはずれまで行ってみよう」と、 亭主の穴熊が言いました。 「そうですね、今朝は時間がたっぷりありますからね」と、奥さん 穴熊が答えました。 森の奥でのんびりと暮らしていた夫婦が早起きをして、森のはずれ まで出かける気になったのには、理由がありました。それは昨日、 古い友人の穴熊から、森のはずれにあるおいしいパン屋の話を聞い たからでした。二人とも、おいしいパンには目がなかったのです。 二人が森の向こうのはずれに来ると、一軒の古い店がありました。 どうやら、これが友人の穴熊から聞いたうまいパン屋の様です。 「まあ、立派なパン焼き窯だこと」と、奥さん穴熊が言いました。 「さぞおいしいパンが焼けるだろう」と、亭主穴熊も言いました。 そのとき、 「お前さんたちは、どこから来たのかな」と、声がしました。 二人が振り返ると、腰の曲がったおじいさん穴熊でした。 「私たちは、この森の奥の小川のそばの小さな家から来ました」 「おお、それは静かでのんびりとした良いところだな・・・」 「静けさとのんびりなことにかけては、この森一番です!」と、 亭主の穴熊が胸を張りました。 「でも、それだけですよ」と、奥さん穴熊が口を挟みました。 「ところでお前さんたちは、ずいぶん熱心にパン焼き窯を眺めて いた様だけれど、パン焼きに興味があるのかな」と、おじいさん 穴熊が聞きました。 「私は、パン焼きをずいぶん長く習ってきました。いつか自分の パン屋を開くのが夢なんです」と、奥さん穴熊は答えました。 すると、おじいさんの穴熊が言いました。 「実は、わしはここで長くパン屋をやって来たが、もう年でな。 あんたたちが良ければ、あんたたちの家とこのパン焼き小屋とを 交換するわけにはいかないかな?」 「えっ、ご冗談を・・・、こんな立派なパン焼小屋を、私たちの 小さくて粗末な家と・・・」 「いや、私は十分働いた。そろそろ引退して、そんな静かなとこ ろでのんびり暮らしたいと思っていたところだったんだよ」と、 言いました。 こうしてパン焼き小屋を譲り受けた穴熊の夫婦は、寝る間も惜し んで、日夜、熱心においしいパン作りの研究にはげみました。 「夜な夜な石臼でパン粉を挽きながら踊っているそうな・・・」 いつの間にかそんな噂が森中に伝わり、そんなパン屋を一目見よ うと、多くの人たちが来店するようになって、店はおおいに繁盛 しました。だって、作るパンはとてもおいしかったのですから。 そして、元々は、森のパン焼き小屋「穴熊亭」という名前だった パン屋を「踊る穴熊亭」と呼ぶ様になりましたとさ。 はい、これが、森のパン焼き小屋「踊る穴熊亭」のお話です。